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2016年3月17日木曜日

風の電話~そして防災

先日放送されたNHKスペシャル『風の電話~残された人々の声~』をご覧になったでしょうか?こうして文章を書くために思い出すだけでも、苦しくて仕方がない…。

津波で甚大な被害を受けた岩手県大槌町、その町の海を見下ろす高台に設けられた白い電話ボックスとその中に置かれた線がつながっていない黒い電話…。個人の方の敷地の中に置かれているこの電話は、この方のご厚意で一般にも開放されているそうです。

突然の災害で亡くなった、あるいは行方不明になってしまった大切な人への想いを“話す”ために人々はここを訪れます。

ご両親と妻、そして1歳のお子さんを同時に失った男性は、「ときどき、なんで生きてるのかわかんなくなっちゃうんだ…。またパパって言って…。ごめん…助けてあげられなくて…本当にごめん」と話しかけていました。でも、家族のことを覚えている自分が生きていることが、家族が生きた証しになる、家族のことは死ぬまで忘れないと言っておられました。

仕事で大船渡に来ていたお父さんが津波で行方不明になってしまった男の子。八戸から一人ではるばるやってきて、すすり泣きながら大好きだったお父さんに語りかけました。「家族は頑張ってるから心配しなくていいよ。父さんは元気?父さんがいなくなって一番悲しんでるのは母さんだよ…。なんで死んだの…」
14歳の女の子・弟2人とお母さんの4人で明るく頑張っているこのご家族。お父さんを含めてお互いのことが本当に大好きなんだなってすごく感じました。お互いのことが大好きで心配ですごく気遣っているから、その日以来、父さんの話をすることができない…。4人で風の電話ボックスに行った時にみんな初めてお父さんへの気持ちを話すことができました。初めて泣くことができました。これからはこの優しいご家族が、お母さんも子どもたちも、心のずっと奥にあるつらい気持ちを話したり、一緒に泣いたりできたらと、心の底から願っています…。


2015年11月9日月曜日

東京の落ち葉を、福島へ


ちょっと防災から離れた内容になりますが、今日は東京から福島市の保育園にトラックいっぱいの落ち葉を運びました。明後日行われる『焼芋会』に使う落ち葉です。

福島には落ち葉がないの?
そんなわけありませんね。安心して燃やせる落ち葉がないんです。

数週間前、たまたまFacebookで「焼芋会に使う落ち葉を送ってください」という投稿を目にしました。除染は進んでいても線量が高い場所も多く、落ち葉を集めることができないそうです。

恥ずかしながらこれまで、福島の真実を漠然としか知りませんでした。
当たり前のことを当たり前に楽しむことすら制限されている子どもたちがいるという真実を。
この保育園にも畑があるけれど、あの日以来子どもたちは土を触ることができない…。
あの年以来、運動会は体育館の木の床の上で行われている…。
先生たちはやりきれない表情で話してくださいました。


周りの友人たちに落ち葉集めを手伝ってほしいと声をかけると、何人かの友人がすぐに動いてくださいました。その輪は広がって、さらにたくさんの大人や子どもたちが加わってくれました。たくさんの袋いっぱいの落ち葉と福島の子どもたちへの想いをトラックに積んで届けました。

来週はいわき市の幼稚園にお芋と落ち葉を運びます。
その様子はあらためてブログで書きます。

今、気持ちは複雑で心が少し乱れています。
落ち葉を集めてくれたみんなの温かい想いを聞くことができた嬉しさ、その想いが詰まった落ち葉を届けることができ保育園の皆さんが本当に喜んでくださったことへの満足感、一方でこの真実を知らなかったということへの無力感、もっと早く知っていればもっとたくさんの子どもたちに落ち葉を届けられたのに…という気持ち、想像以上の福島の現実へのショック…それらが自分の中に混在しています。

後悔の気持ちは来年にぶつけます!

今回落ち葉を集めてくれた子どもたちには、周りの大人が落ち葉を集める理由をしっかり教えてくれたと思います。
落ち葉集めは子どもたちにとってはきっと遊びの延長で、楽しみながらやってくれたんだろうなと思います。そして楽しいだけではなく、大きな地震や津波がどんな影響を及ぼす可能性があるのかを年齢相応に考える機会にもなったかもしれません。

被災地の子どもたちが笑顔になれるような活動をしながら、同時に東京の子どもたちが防災や減災につて学ぶことができるようなイベントってできるような気がします。10月にひっそり立ち上げた防災団体『やろうよ!こどもぼうさい』の1つの方向性が見えたような気がしています!

やまざきひかる

2015年10月6日火曜日

被災地からの教訓


私の本業は建築系の仕事で、ほんの小さな会社を経営しています。一方で2013年夏に始めた、主に東日本大震災被災メーカーさんの商品を販売する『いわて三陸物産展』を現在に至るまで定期的に開催しています。

震災から約2年が経過して、被災地のために何もできておらず悩んでいた私を現在の活動に導いてくださった恩人の一人と言える木下繁喜さんが、今も岩手県大船渡市に住んでおられます。地元新聞社「東海新報」の記者だった木下さんと東京でお会いした際に、私が行ないたいと思っていることをお話しするとすぐに地元に招いてくださり、何日かに分けてお知り合いのメーカーさんに直接連れて行ってくださいました。初めてお会いする方々に私のことを熱くご紹介いただき商品を仕入れることができるよう導いてくださいました。今になって、飛び込みでメーカーさんの信頼をいただくことの難しさを強く感じていますので、木下さんのお人柄とそれまで築き上げてきた地元での信頼が、それを可能にしてくださったのだと感謝しています。

その木下さんの想いは、やはりご自分たちのつらい経験から、日本中の方が教訓を得てほしいというものだと思います。木下さんご自身、震災発生時から現在に至るまで本当にたくさんの苦しみを経験されています。そのほんの一部を話してくださったこともありました。お会いして少ししてから木下さんは東海新報社を退職され、今年に入り1冊の本を出版されました。『東日本大震災―被災と復興と―岩手県気仙地域からの報告』という本です。私たちが報道などで知ることがなかったような、被災地で起きた真実、そして復興に向けて動くことの難しさなどが綴られています。でも、ひときわ心に残ったことは大きな災害を経験された方ならではの想いでした。一例を挙げると「日常飲んでいる薬の名前や情報を肌身離さず持ち歩いてほしい」ということがあります。主治医だった方が震災で亡くなったり通っていた診療所が閉鎖されてしまったりしたため、自分の飲んでいた薬がわからなくなってしまったという方が多かったそうです。災害の時とはいえ薬を飲まないことが命に関わるというケースもありますもんね。自分と家族の薬の情報を、家族で共有するようにしたいと思います。本当にお世話になっている木下さんの想いも伝えていけたらと思っています。よければ木下さんの本もお読みください。

http://www.amazon.co.jp/東日本大震災-被災と復興と-木下-繁喜/dp/4899841507

やまざきひかる