2015年10月9日金曜日

今やろう!その①【日常備蓄を始めよう】

これから何回かに分けて、9月に配布された冊子『東京防災』ですすめられている10の防災アクションについて書きたいと思います。その①【日常備蓄を始めよう】です。

参照:『東京防災』 85~86ページ

東日本大震災が発生した当日や翌日に東京のコンビニやスーパーなどからおにぎりやパンが、そしてしばらくの間は飲料水や缶詰などがその棚から消えたことを覚えておられるでしょうか。また被災地のスーパーなどで長蛇の列ができ、食べ物を確保するために何時間も並ばなければならないという光景をご覧になったでしょうか。

東京で大地震が起こって自宅の倒壊を免れた場合、避難所ではなくライフラインが止まった自宅で数日間を過ごさなければなりません。家やオフィスに食べ物や飲料水が無ければ購入しなければなりませんが、前述のような状態で家族に必要な物を入手することができるでしょうか?気候的に厳しい時期に大地震が発生したら、スーパーや給水の列に長時間並ぶことは高齢の方にとってはかなりの負担になります。スーパーやコンビニで食べ物を十分に買えるまで、またライフラインの復旧まで何日間を要するかは被害の状況によって大きく違ってきます。最低3日分(高層マンションでは1週間分)の備えが必要と言われていますが、それは3日で復旧するということを約束しているものではありません。

この『日常備蓄』という考え方は、いわゆる災害用備蓄(乾パン・缶詰・手回し充電ラジオなど日常では使用しないものを備えること)とは違い、【日常の生活を送りながら食料品や日常必需品を少し多めに購入しておく】というものです。「まだ残っているうちに購入する」ということを習慣とするだけで気軽に行うことができます。日常備蓄しておくべき品目・量については『東京防災』の冊子86ページから89ページにも掲載されていますが、恐らくこの基となったと思われる東京都の資料を見つけました。もう少し詳しく書かれていますので参考になさってください。

参照:自然災害に備えた自宅での備蓄について~「都民の備蓄推進プロジェクトの展開」

このブログを書いていて気づきました。我が家の日常備蓄が全然足りていません…!!
帰宅してさっそく家族会議して備蓄します!!
みなさんもぜひ(^_^)

やまざきひかる

2015年10月7日水曜日

『東京防災』

防災月間だった9月に都内全家庭に配布された冊子『東京防災』。
もうご覧になられましたか?
すごく具体的でわかりやすいですね!

『今やろう』マークが付いているページでは、全員が今すぐできる防災アクションが具体的に説明されています。気合を入れて準備しなくても、文字通り今すぐできるものもありますよ。1人でも、夫婦でも、親子でも、3世代家族でも、カップルでも、一緒に冊子を開いてやってみましょう(^o^)

『東京防災』電子版もあります。外出先からでもいつでも見られますし、都民以外の方も参考にしていただけると思います。

東京防災HP(「防災ブックを読む」をクリックすると本が開きます)

やまざきひかる

2015年10月6日火曜日

被災地からの教訓


私の本業は建築系の仕事で、ほんの小さな会社を経営しています。一方で2013年夏に始めた、主に東日本大震災被災メーカーさんの商品を販売する『いわて三陸物産展』を現在に至るまで定期的に開催しています。

震災から約2年が経過して、被災地のために何もできておらず悩んでいた私を現在の活動に導いてくださった恩人の一人と言える木下繁喜さんが、今も岩手県大船渡市に住んでおられます。地元新聞社「東海新報」の記者だった木下さんと東京でお会いした際に、私が行ないたいと思っていることをお話しするとすぐに地元に招いてくださり、何日かに分けてお知り合いのメーカーさんに直接連れて行ってくださいました。初めてお会いする方々に私のことを熱くご紹介いただき商品を仕入れることができるよう導いてくださいました。今になって、飛び込みでメーカーさんの信頼をいただくことの難しさを強く感じていますので、木下さんのお人柄とそれまで築き上げてきた地元での信頼が、それを可能にしてくださったのだと感謝しています。

その木下さんの想いは、やはりご自分たちのつらい経験から、日本中の方が教訓を得てほしいというものだと思います。木下さんご自身、震災発生時から現在に至るまで本当にたくさんの苦しみを経験されています。そのほんの一部を話してくださったこともありました。お会いして少ししてから木下さんは東海新報社を退職され、今年に入り1冊の本を出版されました。『東日本大震災―被災と復興と―岩手県気仙地域からの報告』という本です。私たちが報道などで知ることがなかったような、被災地で起きた真実、そして復興に向けて動くことの難しさなどが綴られています。でも、ひときわ心に残ったことは大きな災害を経験された方ならではの想いでした。一例を挙げると「日常飲んでいる薬の名前や情報を肌身離さず持ち歩いてほしい」ということがあります。主治医だった方が震災で亡くなったり通っていた診療所が閉鎖されてしまったりしたため、自分の飲んでいた薬がわからなくなってしまったという方が多かったそうです。災害の時とはいえ薬を飲まないことが命に関わるというケースもありますもんね。自分と家族の薬の情報を、家族で共有するようにしたいと思います。本当にお世話になっている木下さんの想いも伝えていけたらと思っています。よければ木下さんの本もお読みください。

http://www.amazon.co.jp/東日本大震災-被災と復興と-木下-繁喜/dp/4899841507

やまざきひかる

2015年10月4日日曜日

娘の不安、そして親の務め


小学生になる私の娘は発達障がいを持っています。でもそれは障がいではなく一種の個性のようで、発達が足りないように感じる部分がある一方で、人を気遣えるとても愛情深い子に育っていると思います。ただ、抗し難い大きな不安をいつもいつも抱えていて、それが彼女に生きづらさを生んでいるのだろうなと感じています。高学年になった今も1人では学校に通えません。ここ何年も妻が一緒に学校に行き、授業が終わるまでずっと学校にとどまって一緒に下校するという毎日が続いています。それでもあらゆることに対する不安が消えることはなく、一日中がんばって不安な気持ちと闘っています。

そんな娘は東日本大震災の記憶がよみがえった時や災害のニュースなどを見た時に頻繁に、「三鷹は津波も地震も大丈夫だよね?川も近くにないから、洪水にもならないよね」ととても不安そうな顔で私に聞きます。その顔を見ていると今の不安をすこしでも和らげてあげたくなって、「うん。三鷹は海からすごく遠いから津波の心配はないし、地震が起きても畑とか広いところも多いから大丈夫。洪水も起こらないよ。」と返答していました。そのたびに娘は一瞬の安堵の表情を見せます。

しかしある時に、「この教え方は、実際に災害が娘の身に降りかかった時に、娘の命を救うことになるのだろうか?」と考えました。答えはNoです。娘の命を守るには、安心させてあげるための耳に心地よい言葉だけを伝えるのではなく、命を守るための実際的な方法を教えなければいけないと思いました。これからは娘が一人で行動することもあるでしょうし、津波や洪水の被害の恐れのある地域に旅行に行くこともあるでしょう。娘の命を守ること・その方法を教えてあげることは親の大切な務めですよね。これからは、その務めを十分に果たせるように頑張ります!


10月1日に立ち上げた防災団体『やろうよ!こどもぼうさい』を通して、我が家だけではなくてたくさんの子どもたちにもそのことを伝えて行けたらいいなと思っています。楽しみながら学べるイベントやワークショップをじっくり考えて行きます!

やまざきひかる

2015年10月3日土曜日

防災・減災への継続的な意識

2011年に東日本大震災が発生した後も日本各地で災害が発生し、たくさんの方が被災されました。そして先月、茨城県常総市と宮城県大崎市では記録的な大雨で堤防が決壊し、広い地域が水没した大きな災害は私たちの記憶に鮮明に残っています。


その災害から3日後に鬼怒川の氾濫で水没してしまった常総市にある田んぼでお手伝いをさせていただきましたが、被災地域に入ると全くひかない水・動かなくなって道路に放置されたたくさんの車・水圧に押されてぐにゃっと曲がったガードレール・積み重なった瓦礫の山などを目にして、自然災害の恐ろしさとそれに対抗する私たち人間の力の小ささをあらためて実感しました。

常総市は、東に小貝川・中央に鬼怒川・西に利根川と大きな川に囲まれています。そして平成に入ってからだけでも3年・5年・8年・10年・11年・14年・16年・20年・23年と、数多く水害が繰り返されて来ました。また常総市の洪水ハザードマップを見ると、市内の広範囲で2mあるいは5m以上の浸水が想定されていたこともわかります。(※参照:常総市洪水ハザードマップ) このことからも、行政や市民の皆さんの災害への意識は決して低くなかったのだろうと想像できます。しかし実際には「あそこが決壊するとは思わなかった」という声が報道されたり、避難指示が出ている地域でも避難せず自宅にとどまられた方が多数おられたことをお聞きしたりすると、防災・減災への高い意識を保ち続けることがいかに難しいことなのかということを考えさせられます(もちろん避難することが逆に危険だったケースや、物理的に避難が難しいという方もおられたと思います。全ての状況を知ることができませんので、一般論と受け取っていただけると嬉しく思います)。

東京にもそして全国にも、生まれてから一度も大きな災害を経験したことがないという人も大勢います。そのような方々も含めて防災・減災への気持ち、そして自分と自分の大切な人を絶対に守るんだという決意を、私たち全員が繰り返し繰り返し意識することが本当に大切なんだと強く実感しています。どこかで災害が起きたという報道をテレビなどで目にした時には、災害はいつか自分の身にも起こるかもしれないと考えます。でも日常の生活を送るとすぐに忘れてしまう…悲しくもこれが人間の傾向です。防災・減災を一時的な“流行り”ではなく、自分と家族の“文化”にできるといいのではないでしょうか。


今日は東京の池袋にいました。ふと見上げると高層ビル。まずは今ここで大地震に遭遇したらどう行動しようか考えました。私自身、防災について考え続け、高い意識を継続して保てるようにがんばろうと思います!

末筆ではありますが、この度の災害において被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

やまざきひかる

2015年10月2日金曜日

命と死…

~自分の街で災害が起きた時、あなたは大切な人を守れますか?~

昨年から、このメッセージを伝えている陸前高田市ドキュメンタリー『あの街に桜が咲けば』(小川光一監督)の上映を応援しています。この映画は、東日本大震災被災地である岩手県陸前高田市の津波到達ラインに桜を植えることで後代の人に津波の教訓を伝えようという壮大なプロジェクト、「桜ライン311」の1年目から3年目の活動を追ったドキュメンタリーです。東日本大震災の大きな被害と深い悲しみを表現することで恐怖を煽るというものではなく、「自分たちと同じ思いをしてほしくない」という被災地の人たちの切なる想いを伝えています…。

正直言うと、この映画に出会う前は防災についてあまり深く考えられませんでした。備えておけることは最低限やるけど、まあなるようにしかならないし、ジタバタしても仕方がないという感覚でした。しかしそれは間違っていました。大切な人には生き残ってほしいしできるなら守りたい、もう災害で誰にも死んでほしくない…。心の片隅に子供の頃からあった一種の『あきらめ』が、その正直な気持ちを無意識に抑えていたのかもしれません。


生きたいのに生きられないこと と 生きたいのに生きないを選ぶこと 

命と死は表裏一体、命と死は混沌と渦巻いているような気がします。
この数ケ月は自分に関して死を意識する時間が多いのに、ほかの人には死んでほしくないし災害が起こった時に命を守る方法を知ってほしい。矛盾を感じるけれどこれが今の正直な想いです。
この映画の全国上映を来年の3月までお手伝いします。そのあとは映画から離れて、一人の防災士として被災地の人たちの切なる想いを伝えて行きます。

自分の街で災害が起きた時、自分と自分の大切な人を守るため、今できることを行いましょう!

『あの街に桜が咲けば』公式サイト

やまざきひかる

2015年10月1日木曜日

防災の任意団体を立ち上げました

本日2015年10月1日付で、子ども・親子の防災意識を啓発・啓蒙するイベントを企画・運営するための『やろうよ!こどもぼうさい』という防災団体(任意団体)を立ち上げました。

今年度中の防災士資格取得を目指しながら、イベントの準備も進めています。

10月と11月に、多摩市・三鷹市・練馬区の3箇所で防災ピクニックをやります。
それぞれ4組ほどの友人家族と一緒に防災ピクニックをやりながら、こういうやり方がいいんじゃない?こんな取り組みを織り交ぜたら楽しいんじゃない?ということを一緒に学びたいと思っています。ある程度形が出来上がったら、防災ピクニックを流行らせちゃうようなイベントへの取り組みを考えて行きます。

やまざきひかる